おわりb (Ver.1.02) (宇宙のステルヴィア アニメ)
「こんな、の…うそ、だよ、ああ」
「志麻…」
退避命令を受けて数分。
インフィーの問題か、あるいは自分達の能力不足だったのか、
成功したかに見えた作戦は、最後の最後で崩れ、近づいてくるコズミック・フラクチャーから逃げるしかできることはなくなった。
「…だめだ…もう…」
避難する前提で組み立てられていた作戦ではない。
全力で活動していたインフィーのエネルギーは、ほとんど残っていなかった。
「……わたし…私が」
「志麻ちゃん推進エネルギー、切って。このままじゃ酸素生成のエネルギーが無くなる。」
「……だって。そんな事しても」
「早く!」
その声に驚き、びくりと震える。
「!、うん…」
ピッ、ピピッ
加速を止め、一部の生命維持を残しインフィーはその機能を停止した。
ガシャッ
光太はDLSを投げ捨てると、なにも映らなくなったパネルを見つめ、動けなくなっている志麻に近づいた。
「…志麻ちゃん、もう、…終わったんだ」
光太の手でDLSが外され。
唖然としたままの志麻が振り向く。
「…う、うそ。ま、まだ何か…」
「ダメだよ、もう。エネルギーも残ってないんだ、少なくとも僕たちには…もう…」
「そんな…そんなのやだよっ! 私、私のせいで、みんながっ」
「僕だって、悔しいよ」
こみ上げるぶつけようのない怒りに声が震える。
つぶやかれた言葉に、涙を拭くことも忘れ、顔を見上げる。
「え?」
「悔しいんだよ!!!!」
「光太くん…」
「やるべき事はした。志麻も、…僕も…ミスは何もなかった、機体にも異常はないし、何も問題は…」
「……」
「でも、ダメだった。」
強く、強く握りしめた手が、震えた。
「今の人類には、無理だったんだ。照射するエネルギーが、足りなかった。あれじゃあ…あれじゃ!」
その瞳に涙を見たとき志麻はそれが必然であるかのように光太を抱きしめていた。
そうするしか無かった。
「もう終わったんだ、ぜんぶ。…信じ、られない…」
「……くそっ」
「こんなの、こんなの。わたし、いや」
「…ちくしょう!!…ちく、しょ…う…」
お互いを抱きしめ、しばらくの間コックピットには涙をこらえる声と、泣き声が響いていた。
「…ひっく…わ、私、、」
「志麻…ごめん。志麻を絶対に守るって言って、ここに来たのに…」
「私だって、みんなに言ってきたのに」
涙を流しながら笑う。
「きっとアリサ達、怒ってるよ…」
「大丈夫。きっとみんな、分かってくれるよ」
はっと、何かに気が付いた様子。
「…通信、そうだ。通信だけ、使えるようにすれば!」
光太を抱きしめる力を緩めるとパネルに向かう。
「だめなんだ…」
振り返った志麻がみた光太の表情は、絶望と怒りに満ちていた。
「え、」
「ステルヴィアも他も、地球も、通信網が異常で、全然つながらない、無線は混線して無茶苦茶だし」
「そんな…」
「はは…パニック…だよ、きっと」
脱力し、そこへ座り込む。
「僕はなんだか、適正があるとか、色々言われて、結局肝心なことは何も…」
志麻も光太の前に座り込む。
「私、私は、、光太くんみたいに、すごくなかったけど、、でも…」
「志麻ちゃんはすごいよ、いつもがんばって、がんばって」
「光太くんだって、ずっと長い訓練受けてたよ!」
「…でも、これじゃあ。だめなんだ…」
ふと、思い出したように立ち上がり、涙を拭くと、光太はコックピット後部から何かを取り出した。
「光太くん?」
「…… これ…」
「何?」
何かを手に取る。
「志麻。よかったら…受け取って…。」
「あ……」
光太の手には、1つの指輪があった。
「これって、」
「僕と、ずっと、一緒にいてほしい…。よかったら受け取ってくれるかな。」
「…あ、、で、でも、こんな時に」
「こんなとき、だから。もう、渡せなくなっちゃうよ」
「……」
しばらく静かな時が流れ、志麻が首を縦に振った。
「ありがとう…」
軽く唇を重ねると、指輪を志麻へと…。
「…光太くん…」
「…志麻…僕も…」
この伝統はこれだけの長い年月を経ても変わらなかった。
指輪がお互いの左手の薬指へと。
「一生、ずっと一緒に…。でも、もうすぐ、終わっちゃうよ…」
「でも、それまで、ずっと…一緒に…」
「……うん…」
流れる涙を拭くこともなく、二人は求め合うように抱き合い、唇を強く重ねた。
「んっ、、」
「志麻…」
光太は、後ろに置かれていた何か小さな機械を手に取り、
深いキスのさなか、志麻の首筋へと近づける。
「んっ、あ…」
「っ、志麻、君と会えて…本当によかった。
「ありがとう」
震える手、そして冷たい何かが首筋に当たる感覚。
「光太くん?」
「……」
反射的に身をそらした。
「っ、」
志麻の突然の動きに、反動で光太が倒れる。
「こ、光太くん…。何、それ…」
「…う、、……」
倒れたときに頭を打ったのか、辛そうにゆっくりと起きあがる。
光太は、飛びかかって押さえつけようかという考えが一瞬浮かぶが、実行には移せなかった。
「光太くん!!」
「志麻に、志麻には! 痛い思いはして欲しくないっ!」
「それって、」
「このミッションの前に、もらった…、苦しまずに…」
数秒の無言。
一気に志麻がまくし立てる。
「…そんなの、、最後まで、一緒にって…さっきいったばかりなのに!」
何粒もの涙が落ちた。
「コズミック・フラクチャーに巻き込まれた人は居ない、凄く苦しいかもしれない…。そんな思いは」
「ひどいよ、だったら、一緒に…苦しめばいいよ! なんで、私たち、そんな…ひど…い、よ」
力無く座り込む志麻。
光太の手から転がっていった小型の注射器が、コックピットの端で動きを止めた。
ふと目に、さっき付けてもらったばかりの指輪が目に入る。
「、ねぇ光太くん。指輪のサイズ、どうやって調べたの?」
「?」
突然の問いに戸惑い、思わず視線を合わせる。
「え、あ…、あ、アリサに頼んで、寝てる間に計ってもらって」
「あはは、、ひどいな、そんなこと頼むなんて」
涙を拭きながら、震える声でつぶやく。
その姿を見た光太に何か、一気に言いしれぬ恐怖感が襲った。
「(僕は…。でもっ……)」
「光太くん?」
「…、…しまっ」
「光太くん…」
腕の中で涙をこぼす。
志麻はそんな光太の頭を優しくなでた。
しばらく、ゆっくりと時間が流れた。
「…」
ピピピピピ
「あ…」「光太くんの電話…」
音の元へと目を向ける。
元はきっちりと収納されていた携帯電話が床に転がって光を発していた。
「……終わりの時…」
「?終わり」
「最後のデータから、時間を割り出して、登録しておいた。僕たちが、無に帰す時間を…誤差はあるけど…あと1分もないよ」
「あ、、」
無視できる範囲だった揺れが、一度に大きくなる。
転がっていた注射器が飛び跳ね、壁に当たった。
「っ、志麻!」
「う、…、だいじょうぶ、私は…」
「、うん…、、なんだか、意外と、冷静なのかな…」
「…私は、私は。でも、でも、アリサ達…ステルヴィアのみんな…、地球の……お母さん…」
「……志麻…」
何もすることができず。
ただ、抱きしめる。
伝わる体温に少しだけ心が安らいだ。
ガガガッ
「っ、もう、、来た」
突然重力が失われ、機体が先ほどとは比でないほど強く揺れる。
そのまま宙へと飛ばされる。
「やっ!」
「志麻っ、、」
壁が、コックピットの固い装甲の役割もする壁がグニャグニャと粘土のように歪み始める。
その向こうには…。
「…なに…」
突然振動が止む。
しかし徐々に、しかし確実にその歪みが近づいてくる。
「あ、、光太…くん」
「志麻……」
震える志麻を精一杯抱きしめる。
しかし、コックピットの半分はすでに消え、それを認識した直後、
二人の意識は、無へと…。
「早く! まだですか!?」
ジェイムス主任教授の声は、先ほどから落ち着いてはいた。
しかし、込められた怒りと苛立ちは変わらない。
「あ! 心拍数が! 危険です!!」
「もう、手が無いとは、電源を強制切断しなさい!!」
「いいのですか?」
何か恐ろしい物を見るかのようにオペレーターが聞き返す。
「早く!」
「、了解」
………。
次第にその機能を失う、多目的シミュレートルーム。
電源が失われたことで扉がこじ開けられ、医療班が一斉に流れ込む。
「…なんという、、」
1分もかからず何人かの人間がその部屋から出てくる。
その直後、二人がストレッチャーに乗せられ処置室へ向かった。
「無事ならいいが…」
医療室へ向かうジェイムスの向かいにヒュッター教官の姿が見えた。
「大変です…音山くんと」
「聞いています。後の調査は私が行いますので、医療室へ」
「分かりました。原因の究明をお願いします。では私は失礼。」
わずかな会話が交わされると、二人は反対の方向へと歩いていった。
「…これくらいで……、いや…少しやりすぎという可能性…」
向かいから医療班と思われる職員の姿を見かけたヒュッターは、何事もなかったかのように歩き出す。
これはかなり後の話ではあるが。結局、シミュレーターの機能異常の原因が、突き止められることはなかった。
「あ、、光太…くん」
ぼんやりした意識、視界。
その視界に眠っている光太の姿が映った。
「私は、なんだった、のかな、眠い」
再び眠りに落ちる志麻。
その瞳から一粒の涙が、流れ落ちた。
「うん、大丈夫だよ! 安心して。…うん、、そうだね。あ、あまり長電話すると、、うん。メールで、じゃあねー」
「…アリサちゃん?」
「リンナちゃんだよ」
「そっか。 ふぅ、」
天井をぼーっとしたまま見る。
もう2日目。しかし、意識を失っている間も含めると5日間。
「なんだか、こうして話してるのが、信じられないな」
「そう、だね」
二人の視線が合う。
「ああ、そうだ…エネルギー不足、調べてもらったよ」
「エネルギー…、あ…」
深刻な表情になる。
アレが現実になるかもしれない。
「全然無かったよ。むしろ十分すぎるくらい、シミュレートしても、一番のミスの要因は僕たちの失敗だった」
「…そっか」
「意外と冷静なんだ、責任重大だよ?」
「ニセモノの現実が、本当にならなくてよかった。ミスはないよ。ねっ光太くん。」
くすっ、と笑うと少し赤面しながら表情をうかがう。
どこが"ねっ光太くん"なのだろうか、としばらく考えたが、光太には理解できなかった。
「あれが全部シミュレーションだなんて。よく思い出すと前日から、記憶が」
「あ、そうだね。大事なミッションだから、完全に…再現したっていっても、最後のはエラーらしいけど」
複雑な気持ち、思い出す、夢にも見る。
昨日は無理矢理同じベッドで寝ていたら見つかって怒られた。
二人で居ると少し、安心できた。
「でも、あんなバッドエンドには」
光太が志麻を見つめる。
光太がうなずくと、志麻が少しだけ笑った。
「…しない、ね?」
赤い宇宙は、その日も変わらず、ステルヴィアの窓からも見ることができた。
そんな光景に蒼い光が差し込んできた。
「きれいだね…」
「そうだね…」
明るく輝く地球が、二人にはとても美しく見えた。